フィンランド研究滞在記(中村秀規)

 私(中村秀規、環境・社会基盤工学科准教授)は、アカデミー・オブ・フィンランドと日本学術振興会によるフィンランド・日本二国間交流事業であるポストドクトラルフェローシップの採択を受けて、2021年10月から2022年9月までの1年間、フィンランドのヘルシンキ大学で研究滞在をしました。ここではフィンランドでの研究と生活の様子をご紹介します。
 皆さんは北欧諸国の一つであるフィンランドと聴いて何を思い出すでしょうか。サンタクロース、ムーミン、などが思いつくかもしれません。実はフィンランドに関して日本で有名になっていることの一つにオープンダイアローグがあります。これはフィンランド発祥の、地域における精神療法の在り方なのですが、このオープンダイアローグの文化とフィンランドにおける持続可能な発展の政策過程を研究するため、私はフィンランドに滞在していました。私の研究分野は環境政策、特に参加型環境ガバナンスで、東日本大震災以降、持続可能な発展に向けた政策過程への市民参加と対話文化について社会調査と市民対話の場づくりをしてきました。その市民対話ではオープンダイアローグの手法も取り入れて実験的研究を行ってきました。
 フィンランドでは、このオープンダイアローグについて学ぶとともに、オープンダイアローグの原則に基づいて、過去40年ほどの政策策定・実施過程において専門家どうし、専門家と市民、市民どうしが対話的かどうか、専門家集団・行政が組織として対話を促進しようとしているか、そして法制度が対話を促しているかを4つの分野(精神医療、母子保健、初中等教育、および放射性廃棄物処分)と分野横断(自治体・国政府)の取組みについて調査しました。私はこの個人間、組織、そして法制度にまたがる視点をオープンダイアローグ文化と呼び、その実情を描こうとしました。また、集合的意思決定過程においてわたしたちがいかに対話的であろうとすることができるか、不確実性への耐性を持とうとすることができるか、日本を含む異なった社会への含意を探りました。その結果、対話文化の醸成に向けた興味深い、勇気づけられる取り組みが行われてきていることが分かりました。最近の事例としては、フィンランド語でErätauko、英語でTimeoutと呼ばれている市民対話が行われてきており、その中では気候変動や生物多様性だけでなく、パンデミックに関する対話や、民主主義の危機に関する対話も実施されています。また私は、このオープンダイアローグ文化研究のほか、近い将来、フィンランドと日本とをオンラインでつないで国連持続可能な開発目標に関する市民対話を実施したいとも考え、可能性を探ってきています。
 フィンランドでは首都ヘルシンキで1年を過ごしました。入国してからはクリスマスに向けてどんどん日が短くなり、午後3時には真っ暗になり街に照明が灯り、また朝も9時頃まで暗い中を出勤・登校する経験をしました。窓辺を照らすろうそくや照明は美しく、街がクリスマスに向けて華やかになっていくのも感じました。一方で気温はマイナス17度のこともあり、これまで経験したことのない防寒対策をして外出していました。ヘルシンキの海は冬には凍り付き、凍った海の上を歩いたりもしました。冬にできることは限られますが、そり、クロスカントリースキー、スケートは冬ならではの楽しみ方です。フィンランドでは「適切な服装をすれば悪い天気などというものはない」という言葉もあり、子どもたちに外で遊ばせる習慣が根付いています。4月末には夏の訪れを祝うお祭りがあり、この頃から街の人たちが心身ともに活気づいていくのを感じました。5月と言ってもまだ寒いのですが、新緑が美しくなり、鳥たちのさえずりも美しく、気分の高揚は私にも乗り移ってくるようでした。ピークを迎えるのは6月の夏至祭で、多くの人はここから長期休暇に入り、フィンランドの短い夏を思い思いの仕方で楽しみます。それぞれに自分の暮らしと人生を楽しんでいる様子は私にも強い印象を残しました。夏には日没が午後10時半過ぎにもなり、長い夕方を散歩して過ごしてガンの群れと遭遇することもありました。
 春夏秋冬を通じてフィンランドで研究・生活したことは大変貴重な体験となりました。得られたつながりをさらに意味ある形で発展させられるよう、努めていきたいと思います。在外研究を可能としてくださいました、アカデミー・オブ・フィンランド、日本学術振興会、ヘルシンキ大学の皆様、研究協力くださったフィンランドの多数の皆様、そして学科教員・事務の皆様、大学事務局の皆様にお礼申し上げます。

クリスマスの元老院広場(ヘルシンキ大聖堂より望む)
国立公園内のブルーベリー(自由に摘んでよい)